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  • 中ノ沢駅(廃駅)

    消えゆくダルマ駅:北海道

    函館本線長万部駅の一つ南の隣駅だった中ノ沢駅は、2024年3月に廃止された。廃駅になっても数年は駅舎が残っている場合が多いが、廃駅となった1年半後に訪ねたところ、すでにダルマ駅舎がなくなっていた。

    廃止前(2018年)の中ノ沢駅(写真:Mister0124, CC BY-SA 4.0

     

    基本情報

    □駅名  中ノ沢(なかのさわ)
    □路線  JR北海道 函館本線
    □廃止  2024年3月
    □所在地 北海道長万部町中ノ沢
    □マップ

    □撮影年月 2025年10月

     

    すばやく撤去されたのは、北海道新幹線の新函館北斗-札幌間の工事のためではないだろうか。この区間、新幹線は函館本線のすぐ西側を通るようなので。

    長万部駅付近は、2024年9月の時点で新幹線の工事が始まっていなかったが、2025年10月では工事が始まっていた。中ノ沢駅付近も新幹線の高架線路を造る工事に取りかかるため、早めに駅舎を撤去したのではないだろうか。そもそも急いで中ノ沢駅を廃止したのも、それが理由かもしれない。

    冒頭の写真と同じ(と思われる)場所を高速で通過する列車から撮影。積まれているのは新幹線建設のための資材ではないかと推測するのだが…

    新函館北斗-札幌間の北海道新幹線が開通したら、この区間の函館本線は貨物列車専用線になる可能性がある。

     

    ※「ダルマ駅」とは、使わなくなった貨車(有蓋車、冷蔵車、車掌車など)を改造した駅舎の呼び名の一つ。車輪や連結器などを取り外し車体だけになった様子が、手足のない置物のだるまに似ていることが由来。

     

  • 大和田駅(廃駅)

    消えゆくダルマ駅:北海道

    大和田駅は、2023年3月に行われた留萌本線の石狩沼田-留萌間の廃止にあわせて廃駅になったが、2025年9月現在、ダルマ駅舎は隣の幌糠駅と同様、撤去されずに残っている。

    大和田という地名は、福井県敦賀生まれの実業家大和田荘七に由来する。近くにある同氏所有の大和田炭砿から石炭を運搬する目的のために、大和田荘七が寄付して大和田駅が設けられたという。

     

    基本情報

    □駅名  大和田(おおわだ)
    □路線  JR北海道 留萌本線
    □廃止  2023年4月
    □所在地 北海道留萌市大和田
    □マップ

    □撮影年月 2025年9月

     

    封鎖された室内には、ビール瓶ケースと掃除道具だけが残されていた
    石狩沼田方面。柵はあるがホーム跡まで入れる
    留萌方面。廃止されて2年半、という時間の流れを感じる
    国道233号を曲がり駅へ向かう途中の踏切跡。この先に大和田駅跡がある
    反対方向。この先が留萌

     

    2023年3月に恵比島駅、幌糠駅、大和田駅という3つのダルマ駅が廃止された。だが、2025年9月現在、駅舎はまだ撤去されていないし、線路のレールなどもほぼそのままだ。

    幌糠駅はこちら。

    https://soloppo.xsrv.jp/082horonuka/

    2026年3月に深川-石狩沼田間の廃止が予定されているので、そのあと(直後ではないかもしれないが)まとめて撤去作業をするのだろうか。

    その場合でも、「明日萌駅」(あしもいえき)という観光スポットの一角となっている恵比島駅駅舎だけは、もう少し残ってほしいと思う。

    https://soloppo.xsrv.jp/081ebishima/

     

    ※「ダルマ駅」とは、使わなくなった貨車(有蓋車、冷蔵車、車掌車など)を改造した駅舎の呼び名の一つ。車輪や連結器などを取り外し車体だけになった様子が、手足のない置物のだるまに似ていることが由来。

     

  • 幌糠駅(廃駅)

    消えゆくダルマ駅:北海道

    幌糠(ほろぬか)駅は、2023年3月に行われた留萌本線の石狩沼田-留萌間の廃止にあわせて廃駅になったが、2025年9月現在、ダルマ駅舎は撤去されずに残っている。

     

    基本情報

    □駅名  幌糠(ほろぬか)
    □路線  JR北海道 留萌本線
    □廃止  2023年4月
    □所在地 北海道留萌市留萌村幌糠
    □マップ

    □撮影年月 2025年9月

     

    石狩沼田方面。立ち入りを防ぐ柵が設けられている
    留萌方面。駅舎は柵の外にある
    封鎖された室内にはほぼなにもない。ペンで書かれた「W・C」から、ほかの北海道のダルマ駅と同様、トイレがあったことがわかる

     

    留萌本線は1910年(明治43年)11月に深川駅-留萌(るもい)駅間、1921年11月に留萠駅-増毛(ましけ)駅間が開業した。その後、留萌駅と幌延駅を結ぶ羽幌線もできたが、羽幌線は1987年3月に廃止された。

    深川-留萌間は約50kmとそれほど長くないにもかかわらず、名前に“本線”が付いているのは、留萌の町、そして内陸部に運搬される物資(海産物)が重要視されていたということだろうか。

    しかし時代が変わり、増毛-留萌間は2016年12月に廃止、石狩沼田-留萌間は2023年4月に廃止された。

    さらに2026年4月に残る石狩沼田-深川間も廃止予定で、そのとき「留萌本線」はすべて姿を消す。同時に、以前札沼線の終点でもあった石狩沼田は駅の役割を終える。

    石狩沼田駅から留萌方面を見る。廃止されて2年以上が経った
    石狩沼田から深川方面を見る。この部分も2026年に廃止される

     

    ※「ダルマ駅」とは、使わなくなった貨車(有蓋車、冷蔵車、車掌車など)を改造した駅舎の呼び名の一つ。車輪や連結器などを取り外し車体だけになった様子が、手足のない置物のだるまに似ていることが由来。

     

  • 恵比島駅(廃駅)

    恵比島駅(廃駅)

    消えゆくダルマ駅:北海道

    ドラマや映画の舞台となった駅は、その後もしばらく脚光を浴び続けることがある。

    留萌本線の恵比島(えびしま)駅もその一つで、1999年に放送されたテレビドラマ(朝ドラ)「すずらん」の撮影に使われた。「すずらん」では架空の「明日萌驛」(あしもいえき)として設定され、古いイメージの駅舎を新たに建設。

    この駅舎は撮影のために建てられた。近くには「駅長の家」も造られたほか、駅向かいの旧旅館も撮影用に改修した
    既存のダルマ駅舎は現用として使い続ける必要があるので、古い建物に見せるために木の板で覆われた。屋根が貨車(車掌車)特有の曲線を描く不思議な形の建物で、ドラマを見て「なんだろう?」と気になった人もいたのでは

     

    基本情報

    □駅名  恵比島(えびしま)
    □路線  JR北海道 留萌本線
    □廃止  2023年4月
    □所在地 北海道沼田町恵比島
    □マップ

    □撮影年月 2025年9月

     

    ドラマ放送終了後も明日萌駅舎や旅館は内部公開されていたが、2023年3月に留萌本線の石狩沼田-留萌間が廃止となり、あわせて恵比島駅も廃止された。それに伴い、明日萌駅舎内部には入れなくなったが、2025年現在ダルマ駅舎の通路を通ってホーム跡に出ることはできる。

    ダルマ駅舎はすでに封鎖されていて、何も残っていない
    通路(デッキだった部分)を通って、ホーム側に出ることはできる
    ただし柵があり、行けるのは明日萌駅舎の周辺だけ。こちらが石狩沼田方面
    ホーム側から見た明日萌駅舎。中にはドラマ主人公を模した人形が今も置かれている。駅名板は新しめの明日萌駅と古めの恵比島駅と、なぜか新旧が反対
    さらに進むと、ホームに立つ明日萌駅駅名標がある。入れるのはここまで

    ドラマが放送されて26年が経ったし、駅も廃止されて入れる場所も少なくなった。だが、2025年のゴールデンウィークには、「明日萌駅ロケセットの開放」イベント(沼田町主催)が行われるなど、まだ明日萌駅は健在で、それに伴って恵比島駅のダルマ駅舎も生き残っている。

    沼田町営バスの停留所は「恵比島駅前」のまま

    道路の案内標識にもまだ「←恵比島駅」が残っている。ランドマークとしての「駅」は、そんなに簡単に消えるものではないのだ。

     

    ※「ダルマ駅」とは、使わなくなった貨車(有蓋車、冷蔵車、車掌車など)を改造した駅舎の呼び名の一つ。車輪や連結器などを取り外し車体だけになった様子が、手足のない置物のだるまに似ていることが由来。

     

  • 抜海駅(廃駅)

    宗谷本線の抜海(ばっかい)駅は1924年(大正13年)6月開業。ちょうど100年目を過ぎた翌年の2025年3月に廃止され、7月から8月に駅舎が解体された。上掲の写真は解体後、更地になった状態。

    ほぼ同じ場所を写した解体前の駅舎。開業時からの建物を改修しながら使用していた(写真:まりこげ/写真AC)

     

    基本情報

    □駅名  抜海(ばっかい)
    □路線  JR北海道 宗谷本線
    □廃止  2025年3月
    □所在地 北海道稚内市抜海村
    □マップ

    □撮影年月 2025年9月

     

    宗谷本線の稚内、南稚内は有人駅なので、廃止前は「日本最北端の無人駅」であった。廃止後はその南にある勇知(ゆうち)駅がその称号を受け継いだ。

    勇知駅についてはこちら。

    https://soloppo.xsrv.jp/075yuuchi/

     

    駅名標などは外されている(盗まれたのではないと思うが)
    立入禁止のロープがあり、ホーム跡には入れない
    ホーム側からの風景は、通過列車から写すしかない
    廃止前の駅構内。2024年までは2面2線の列車交換可能駅だった(写真:まりこげ/写真AC)

     

    抜海駅(跡)は、道道510号(抜海兜沼停車場線)から100mほど入ったところにある。周囲には個人宅が1軒あるだけ。抜海の集落や漁港、海岸は2km以上離れている。

    抜海駅への分岐点近くには「抜海駅百周年記念之碑」がポツンと建っている

     

    1970年(昭和45年)ごろ、北海道の多くの駅は多くの乗降客でにぎわっていた。そのころを覚えている住民にとっては、駅がなくなることに大きな寂しさを感じることだろう。

    百周年の記念碑を作ることにしたのと、駅の廃止が決まったのと、どちらが先かはわからない。ただ、駅舎が撤去され更地になった駅跡地を見ると、この記念碑があることが「にぎやかだった駅の記憶」をこの土地にとどめることに大きく貢献していると感じた。

    今から100年後、周囲と同じような草に埋もれてしまった記念碑を、だれかが発見することになるのだろうか。

     

  • 堂平駅(廃駅)

    堂平駅(廃駅)

     
     
    中部電力の専用線として、大井川ダムから堂平(どうだいら)までが開業。大井川鉄道に引き継がれた後も貨物駅として使用された。
    1971年に同区間は休止となり、堂平は事実上の廃駅となった。
    大半の線路は撤去されずに今も残っており、2013年(平成25年)「廃線小路」として井川湖畔散歩道が整備された。
     
     

     

    基本情報

    □路線  大井川鐡道 井川線
    □開業  1954年(昭和29年) 
         1971年(昭和46年)廃駅(正式には休止)
    □所在地 静岡県静岡市葵区
    □マップ

    □訪問年月 2019年11月

      

     

    大井川鉄道井川線の終点「井川駅」から堂平駅跡までは、徒歩で50分前後。自然豊かな景観を楽しめる散歩道だ 国土地理院地図より

     
      

    井川ダムの渡船場を出航し、井川集落の本村に向かう遊覧船。航跡が井川湖に静かに広がっていく

     
      

    廃線小路(井川湖散歩道)の入口。木々に隠れて見えないが、右手に井川湖がある

      
     

    廃線小路を歩くとすぐに撤去されていない線路が出現。枕木などもあり、貨物列車が走行していた当時のままの線路が敷かれている

     

      

    短い隧道(トンネル)もある

     

      

    列車が通らなくなって久しい線路の上に、落ち葉が積もる

     
     

    堂平駅跡に到着。左手に駅のホームがあった


      

    画質が悪いが、かつての堂平駅。1つ上の写真と同じ角度のものと思われる。見比べると、現在残っている線路の左隣にもう1本線路があったようだ (奥平駅に掲示されていた写真より 撮影:高橋一嘉氏)

     

     

    井川方向を撮影したもの (奥平駅に掲示されていた写真より 撮影:高橋一嘉氏)

     

     

    井川地区の中心となる集落はまだ先にあり、堂平から先の延伸計画もあったが実現しないまま井川~堂平区間は廃線となった

     

     

    ◆関連記事
    廃線小路についてより詳しい記事が、姉妹サイト「探検ウォーク」に掲載されています。

    https://soloppo.com/ohigawa01/

  • 初田牛駅(廃駅)

     
    釧路本線が、釧路より東に延伸する中、1920年(大正9年)、厚床(あっとこ)から西和田まで延伸。その際、初田牛(はったうし)、別当賀(べっとが)、落石(おちいし)の3駅もあわせて開業した。
    1921年には、滝川から根室までが全通し、根室本線と改称された。
    初田牛の1日平均乗車人員は2015年以降は1名以下となり、2019年に廃駅となった。

     
     

    基本情報

    □路線  JR北海道 根室本線
    □開業  1920年(大正9年) 開業
         2019年(平成31年) 廃駅となる
    □所在地 北海道根室市初田牛340番地5


    □マップ

    □訪問年月 2022年9月

       

     

     

    道道142号を北上すると、根室本線の線路の向こう側に、なにやら看板らしきものが見える

     

     

    枕木と思われる木材が積み上げられていた。どこで使われていたものだろうか

      

     

    根室方面を撮影

     
     
     

    こちらは釧路方面。ホームがあった場所、右手奥に1/2と表示された距離標が見える

      
     
      

    根室よりの踏切を通り、駅跡の北側に移動した。さきほど南側から見えた看板の裏側には、初田牛駅の歴史が記されていた。2019年7月9日付けの北海道新聞の記事によると、住民の要望により駅があったことを思い出せる記念看板が設置されたとのこと

       
     

    ホーム側からみるとこんな感じ

     
     

    3枚の駅舎の写真は、おそらく左から順に古いものと思われるが、当初は木造のレトロな雰囲気の駅だったことがわかる

     
     
     
     

    廃駅になる半年前、2018年9月に撮影された駅舎
    Mister0124, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

     

     

    ホームから釧路方向を撮影した1枚(2019年9月)
    Mister0124, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

     

     

    1つ上の写真、中央の電信柱のすぐ右横に1/2の距離標がちらっと映っている。99年という長い時間、北海道の大自然と共存してきた駅は、生い茂る雑草の中で自然に還ろうとしている

     

     

  • 加賀一の宮駅(廃駅)

     
    1926年(大正15年)に金明鉄道が白山下と加賀広瀬(後の広瀬)間を開業。その後、神社前(後の加賀一の宮)に延伸した。1943年(昭和18年)に、北陸鉄道金名線となる。同駅は石川線の終着駅でもあった。
    豪雨や手取川橋梁の老朽化などにより、1987年(昭和62年)に金名線全線が廃止。その後、石川線の鶴来(つるぎ)と当駅までの区間廃止により、加賀一の宮は廃駅になった。
    白山市に譲渡された駅舎は、2019年(令和元年)に、休憩施設としてリニューアルされた。

     
     

    基本情報

    □路線  北陸鉄道 金明線 石川線
    □開業  1927年(昭和2年) 神社前駅として
         1937年(昭和12年) 加賀一の宮駅に改称
         2009年(平成21年) 廃駅
    □所在地 石川県白山市白山町レ60番1

    □マップ

    □訪問年月 2022年7月

      

     

    加賀一の宮駅を真横から見る。堂々たる入母屋造りの屋根が凛々しい。かつては、右手の歩道(黄矢印)が線路だった

     

     

    1つ上の画像とほぼ同じ方向からの1枚。金名線の列車が走行している時代は2面2線だった 駅舎内掲示写真より

     

     

    金名線の廃線敷を整備した、サイクリング道の手取キャニオンロード。加賀一の宮駅はその休憩所となっている

     
     

    昭和15年に撮影された駅。屋根・板壁・窓など、今も当時の造作が強く息づいていることがわかる。入口左に建つ駅名標は右読みだ 駅舎内掲示写真より

     

     

    入口は弓のような唐破風(からはふ)の屋根がついている

     

     

    入口左手には、社寺建築の意匠を取り入れた昭和初期の貴重な建造物として、2021年(令和3年)に国登録有形文化財に登録されたことを告げる案内板が設置されていた

     

     

    正面に見える手すりの向こうはかつての線路敷。駅舎の扉は、おそらくは開業当時のもの

     

        

    1つ上の画像の扉を、駅舎内から見る。背の高い木のベンチも当時のものか

     

    右手の木の扉の奥には、かつて改札があった。今は樹々の緑が窓の外で揺れている

     

     

    駅舎右手は、展示室になっている

     

     

    当時使われていた駅関連の道具のほか、壁には往年の金名線・石川線の写真が飾られている

     

     

    左下の鉄橋は、加賀一の宮から約3km南にある手取川橋梁。金名線の列車が通る瞬間だ

     

    当駅が改修され、国の有形文化財に登録されたことを報じた新聞記事などが展示されていた

     

     

     

      

  • 熊ノ平駅

     
     
    群馬県と長野県の県境にある碓氷(うすい)峠は、古くから交通の要所だった。明治時代に碓氷峠を越える鉄道が建設されたが、急勾配での走行は苦労の連続だったという。その碓氷峠を越えるJR信越本線の横川から軽井沢間は、1997年に長野新幹線(後の北陸新幹線)開通とともに廃止となった。熊ノ平(くまのたいら)駅は、この区間の途中にかつて存在した駅である。

     
     

    基本情報

    □路線  JR東日本 信越本線
    □開業  1893年(明治26年)
    □廃止  1997年(平成9年)
    □所在地 群馬県安中市松井田町坂本
    □マップ

    □訪問年月 2019年9月

     
     
    ※以下の写真は、一般社団法人 安中市観光機構主催の廃線区間を歩くイベント「廃線ウォーク」で、立入許可を得て撮影したものです。

     

    画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: DSC00730-1024x682.jpg
    横川側から軽井沢方向を望む。左手にあるのは熊ノ平変電所

    画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: DSC00731-1024x682.jpg
    横川方向に振り返って、熊ノ平変電所を望む

    画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: DSC00724-1024x682.jpg
    熊ノ平駅跡で休憩をとるイベント参加者

     

    駅に関わる建造物の一部と思われる煉瓦。煉瓦の積み方は「イギリス積み」と呼ばれるものだ(駅の建設当時、イギリスより技師が技術提供で来日していた)

    熊ノ平駅跡には、国道18号線からもアプローチできる

    かなり高低差があるので、相当数の階段を上らなければいけない

     
     
    ビジネス系webメディア「JBpress」で廃線ウォークの記事を掲載しています。よろしければ下記のリンクからご覧ください。

    「鉄」でなくても魅了される!碓氷峠の廃線ウォーク