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  • 瀬戸大橋を通る電車から見える鍋島灯台、りっぱな職員宿舎も別の場所で健在

     

    ナギヒコさんから寄稿していただいた記事です

     

    到達:2023年2月
    難易度:■■□□(初級)

     瀬戸大橋を走る電車から、灯台が見えるのをご存じだろうか。ちょっとした手間で、すぐ目の前まで行けるのだ。

     それが鍋島灯台(香川県坂出市)だ。

      

     

     初点灯は1872年(明治5年)。「日本の灯台の父」ブラントンの、しかもかなり初期の設計のものだ。もう150年も経っているが、いまだに現役の灯台として役目を果たしている。

     冒頭の写真は、上の写真の右に写る瀬戸大橋から撮ったものだ。JR瀬戸大橋線、岡山から高松・松山・高知に向かう快速・特急の左側の席にすわり、児島を発車して6分ちょっとで見えてくる(岡山に向かう上り電車ではよく見えない)。

     鍋島は灯台だけしかない小さな島で、まずはその隣にある与島(よしま)に行く必要がある。でもここには駅がない。

     

    (国土地理院)

     

     電車が児島(本州側)の次にとまるのが、四国に渡ったあとの宇多津(松山・高知行き)か坂出(高松行き)なので、そこで降りてクルマで引き返す形になる(児島から行くこともできる)。

     坂出-児島間には路線バスも運行しているので、これを利用する手もある(1日5本程度)。

     瀬戸大橋は上が瀬戸中央自動車道、下がJR瀬戸大橋線、という2段構造になっている。坂出北ICまたは坂出ICから瀬戸中央自動車道に乗り、いま通ってきたJRと同じルートを逆方向に走って、与島(よしま)PAに降りる。

     

     

     与島PAにはフードコートや売店のほか、瀬戸内海の島々を眺められる展望台もあり、ちょっとした観光スポットになっている。このPAのいいところは、立ち寄ったあとに逆方向に引き返せることだ。ただし、往復分の通行料はとられる。

     与島PAを出て、与島の町中に行く道はあるのだが、島に関係のある車両しか侵入できない。路線バスもその道を通って町中に行くので、バスなら灯台までの歩く距離は短い。

     部外者なので、別の行き方をする必要がある。フードコートなどがある場所とは離れた、駐車場の南端にクルマを止め、ここから歩き出す。

     

     

     もうこの先はPAの敷地外だろう、というところにあるのが…。

     

     

     これ。柵がこわれたところからイノシシが出入りしているのかと思うようなところだ。

     

     

     左が「島民方面」。島民方面とは…? 下に写真付きで「鍋島灯台方面」とあるから、ちゃんと行けることはわかる。

     その先はこんな道だ。舗装されていて歩きやすいし、道に迷うことはない。

     

     

     瀬戸大橋をくぐり、PAとは島の反対側に行く。

     

     

     しばらく歩けば、家並みが見えてくる。

     

     

     集落の中に入った。中央にあるのは使われなくなった井戸だろう。同じ香川県の男木島でも見かけたが、水の確保に苦労するのはどこの島でも同じだ。

     

     

     家の中に入り込んでいるような申し訳ない気持ちになりながら、軒先をかすめるようにして道を進む。

     

     

     いくつか角を曲がりながら数分歩くと、ようやく海が見えてきた。

     

     

     左に曲がって、海岸に沿って歩く。

     

     

     そして左カーブを曲がると、先っちょがちょっと見えた!

     

     

     鍋島全体が姿を現した。たしかに鍋をひっくり返したような形だ。与島とは防波堤でつながっているので、歩いて行ける。ただ、灯台を建設した明治時代初期には防波堤はなかっただろう。

     

     

     防波堤は鍋島の先にもあり、その先端には与島港3号防波堤灯台がある。瀬戸大橋ができる前は、ここが与島の玄関口だったのではないかな。

     

     

     鍋島に向かって歩いていくと、上りの石段が見えてきた。

     

     

     結構きちんとした石段だ。防波堤と島の間に1枚のコンクリート板が渡されているが、この下は海面で、結構な高さがある。落ちないように気をつけて。

     

     

     石段の先に金網の扉があるが開いている。実は以前、年に1回程度の一般公開日以外は立ち入り禁止になっていたのだ。それが2021年7月に「当面の間、敷地を一般公開」することに変更された。

     金網扉の手前にある立て札に書いてあった「立入禁止」の文字にかぶせるように、「敷地立ち入りの際の注意事項」という掲示が張られている。公開の取りやめという事態にならないよう、鍋島に行ったときは荒らすようなことをしないでほしい。

     金網を過ぎても上りの石段が続く。手すりなどはなく、ロープが張られているだけなので、上りが苦しくてもよろけないように。

     

     

     そして、灯台の敷地に到着した。

     

     

     これが鍋島灯台。灯塔が低く、半円形の付属舎という、明治時代初期の灯台によくある形だ。禄剛埼灯台(石川県珠洲市)を小さくしたような感じ(建築時期は鍋島灯台の方が早いから、順序が逆だ)。

     

     

     灯籠の上部のさりげないデザインや、東西南北の文字が付いた風向計が、灯台の美しさを引き立たせている。やはりこの時代の灯台は味わい深い。

     

     

     敷地は平らで円形に近く、割と広い。ひっくり返した鍋の底、という感じだが、もともとの島の形なんだろうか。灯台は中央ではなくはじっこに建っている。

     当初は残りの場所にも建物があったのだ。灯台建設当時から1955年ごろまで使われた、灯台職員の宿舎(退息所と言う)だ。しかも、建物はなくなってしまったわけではなく、高松市の四国村ミウゼアムにちゃんと移築・保存されている。

     

     

     花崗岩に列柱という洋風の造りと、瓦屋根という和風の造りが混在している、なかなか味のある建物だ。

     室内もすごい。

     

     

     灯台と同様にブラントンが設計したので完全に洋式だ。ということは、当初外国人技師が住んでいたんだろうか。現在展示されている家具などが、日本人の灯台職員に変わってもずっと使い続けられていたかどうかはわからないが。

     少なくとも明治初期は、鍋島のこの敷地にピアノが置かれ、暖炉が使われていたのだろう。この場所で、150年前に暮らした人たちの生活を思い浮かべてみる。もちろん、向こう側に見える瀬戸大橋はなかったわけだが。

     

     

     なお、四国村ミウゼアム(鍋島灯台退息所の隣にある部埼灯台退息所の室内)では、明治期の灯台を説明する動画が流されていて、退息所があったときの鍋島の様子(航空写真)もちらっと映る。

     この場をあとにする前に、立入禁止の札がかかったところをちょっとのぞいてみよう。

     

     

     おそらく、与島港3号防波堤灯台に降りていく道だろう。笹藪の向こうにギリギリ先端が見えた。

     

     

     150年前につくられた建造物である灯台と職員宿舎。別々の場所になってしまったが、どちらも健在で、明治初期の面影を間近で見ることができる。それは、灯台を今でも維持している人たち、灯台の敷地の開放を決めた人たち、職員宿舎を移設した人たち、さまざまな人々のおかげなのだ。

     

  • さすが明治の灯台は美しい、出雲日御碕灯台と美保関灯台

     

    ナギヒコさんから寄稿していただいた記事です

     

    到達:2023年5月
    探検度はゼロ

     明治に作られた石造りの灯台は美しい。

    「灯台クエスト」は「行くのにちょっと苦労する灯台へ行く楽しみ」をお伝えするためのものだが、今回は「すごくラクに行ける灯台」を2つまとめて紹介しよう。島根半島の両端にある出雲日御碕灯台(いずもひのみさきとうだい、島根県出雲市)と、美保関灯台(みほのせきとうだい、島根県松江市)だ。

      

    (国土地理院)

     

     島根半島西端の出雲日御碕灯台は、1903年(明治36年)4月に点灯した。灯塔(地面から塔頂までの高さ)が日本で一番高い(43.65m)。

     

     

     しかも、数少ない「のぼれる灯台」なのだ。上部のテラスに人がいる、と思ったら…。

     

     

     見学中止で、テラスにいるのは工事の人だった。2023年6月下旬まで改修工事をしているらしい。

     40m以上の高さのテラスは見るからにかなり怖そうで、行く前に上るかどうか迷っていたぐらいだから、それほど残念ではないのだが。

     上記のアングルは多くの写真があるだろうから、あまりみかけないだろうアングルのものも。出雲日御碕サカグリ照射灯と灯台の並びだ。

     

     

     ちなみに、照射灯は強い光を岩礁などに当てて、船に障害物を知らせるためのもの。どこを照射しているのかは夜にならないとわからないが、この写真の中央に見える小さな標識あたり、海面には何も見えないが、浅いところに岩があるのかもしれない。

     

     

     出雲大社からクルマで15分ぐらいなので、ちょっと足を伸ばせば行ける。しかも灯台は、広い駐車場から歩いて5分もかからない。その間の道は売店や観光案内所もあるという、なかなかいい“観光地”なのだ。

     

     次は、島根半島東端の美保関灯台だ。駐車場から歩き出せばすぐに灯台が見える。 

     

     

     そして近くまで行ってみれば、ビュッフェは臨時休業(木曜は定休日)。

     

     

     ビュッフェに入れなくても別にいいのだが、敷地全体に入れなかった…。

     ただ塀の外からでも灯台の姿は十分に堪能できる。

     

     

     灯塔は低いが灯籠(光源やレンズがある灯台上部)はわりと大きい。そして半円形の付属舎、という形は禄剛埼灯台(石川県珠洲市)とかなり似ている。

    ☆関連記事

    https://soloppo.xsrv.jp/221021-lhquest-rokkou/

     

     初点灯は1898年(明治31年)11月だが、「フランス人技師による設計」だというところが珍しい。明治初期に作られた日本の多くの灯台は、イギリス人技術士のブラントンの設計によるものが多いからだ。

     灯台守が住んでいた退息所が(おそらく)そのまま、ビュッフェとして使われているのもいい感じだ。やっぱり石造りはいいね。

     

     

     海側から見た灯台。ここにも照射塔があった!

     

     

     2つの灯台の紹介は以上だが、おまけを一つ。

     美保関灯台に行く途中、日本海と中海をつなぐ境水道の脇を通る。対岸は境港の工業地帯だ。その先端にある境港防波堤灯台が対岸の島根県側からわりと近くに見えるのだ。その左にも防波堤灯台がある(境港第二防波堤北灯台か?)。

     

     

     なお、島根半島は行ってみるとなかなか地形的におもしろい。東西に小高い山が続いていて、その南は中海と宍道湖という2つの汽水湖がある。その付近はほとんど起伏のない平地だ。だから出雲縁結び空港と米子鬼太郎空港もそこにある。そして、出雲市、松江、米子という大きな町とそれを結ぶ山陰本線。さらにその南からは本格的な中国山地が始まる。

     

    (Googleマップ)

     

     神話では、島根半島の東側を北陸から、西側を朝鮮半島から引っ張ってきた、と書かれているという。現地に行くと、ちょっと納得感のある地形だということがわかると思う。

     

  • これ、ぜったい見落とすよ!十六島鼻灯台への秘密のトビラ

     

    ナギヒコさんから寄稿していただいた記事です

     

    到達:2023年5月
    難易度:■■■□(中級)

     最初からつまずいた!「当分の間通行止め」。

      

     

     出雲日御碕灯台(いずもひのみさきとうだい、島根県出雲市)から十六島鼻灯台(うっぷるいはなとうだい、島根県出雲市)へ向かう、ちょうど行程の半分ぐらいのところで、これに出くわした。

     帰宅してから調べたところ、島根県道23号(斐川一畑大社線)は土砂崩れのために猪目-河下間で全面通行止めだという。

     

    島根県 道路規制情報より

     

    「孤立集落の有無:無」という情報が不穏だ。おそらく猪目集落と河下集落を行き来する必要性は低く、猪目集落からは出雲大社方向へ、河下集落からは平田方向へ行くのが一般的だろう。

     つまりこの区間の道の需要はあまりないのでは、ということだ。規制開始が2021年7月7日だから、もう2年近く経っている。もしかしたら復旧工事は行われていなくて、この区間は永久に通行止めということなのかもしれない。

     この島根県道23号は塩津-相代間に自動車が通行不能な「階段県道」部分があるなど、なかなかおもしろい道路だが、それは別途調べてほしい。

     というわけで、山道を抜けて出雲大社まで戻り、大きく迂回するしかない。40分ぐらいの時間をロスして、ようやく十六島鼻灯台への道の入口に着いた。

     

     

     道端や駐車場に5台ぐらい止まっているし、どうも釣りのポイントのようだ。

     

     

     道はかなり整備されていて、歩きやすい。こんな感じでずっと続いてくれるとうれしいのだが。

     

     

     つかまるためのロープも張られているが、なくてもだいじょうぶなぐらいだ。これは後ろを振り返ったところ。

     

     

     5分ちょっと経ったころに分かれ道がある。

     

     

     先人の情報によれば「分かれ道は2カ所。灯台は上で、下に向かうと海岸に出てしまう」。これは明らかに右だな。2カ所目はわかりにくいそうなので、ここからは注意して歩く。

     長いロープとともに、道もずっと下りだ。ちょっとイヤな感じ。

     

     

     下に海岸の岩場が見えてきたし、道はさらに下っていて、このままでは海岸に出てしまう。

     

     

     2つ目の分かれ道、気をつけていたはずだが、ここまで下りるのはやっぱりおかしい。進むか戻るか少し迷ったが、「灯台は上」を思い出して引き返すことにする。

     引き返すときは上り道、長いロープの場所も過ぎるが、分かれ道がまったく見当たらず、引き返して正しかったのか、どんどん不安になる。

     そうしたら向こうから男性が来た。灯台へ行ってきたという(灯台に行く人なんているんだ?)。やっぱり分かれ道はもっと戻ったところだった。

     だいぶ引き返したと思ったとき、目印の赤いリボンをようやく発見した(写真中央)。

     

     

     ここを入っていくのだった。

     

     

     分かれ道(というより脇道だな)を通り過ぎて振り返るとこう見える。入口から来た場合は、ここまで来ても赤いリボンがほとんど見えないのだ(写真中央付近にかすかに見えている)。分かれ道ぐらいわかるだろうと、ちょっとナメていたよ。

     

     

     一つ目の分かれ道から順調に来れば5分ぐらいか。とにかく細心の注意が必要だ。

     では秘密のトビラを開けて入っていこう。ここからは急に道がかなり心細くなる。わりと整備されて歩きやすい道だと思っていたのは、釣り人のためだったのだ。そうだよね、灯台に行く人のためじゃないよね。

     道と斜面とではっきりした区別がないところも多い。ここではロープをありがたく使わせてもらう。

     

     

     森の中も外も、踏み跡はほぼわかるので、道に迷うことはない。夏に草が伸びたときや、冬に雪が積もったときにどうだかはわからないが。

     

     

     ロープがあるとありがたいところだが、ここにはない。こういう箇所を全然平気な人もいるだろうけど、安全第一、慎重な足取りになってしまう。

     

     

     北側の海が見えてきた。もう少しかな。道は写真の左方向へ続いている。

     

     

     開けた場所に出た。正面(西方向)にも海が見えるということは、ほぼ突端まで来たわけだ。

     

     

     一歩踏み出せば、右に突然現れた! 変わった名前の十六島鼻(うっぷるいはな)灯台だ。順調に来れば入口から20分ぐらいかな。

     

     

     敷地はそれほど広くないので、なんとか画角に収められるぐらい。

     

     

     穏やかな海だ。左に見える山は、出雲日御碕灯台があるあたりだろう。

     

     

     ここまでの道を振り返ると、歩くのに慎重さが必要なところがあるから、気安く来られるところではない。一方、上りも下りも続くことは少なく、入口との高低差はあまり大きくない感じがするので、その点では「ずっと上りばっかり」という灯台よりは少し楽だ。

     さて、そろそろ戻ろうか。

     

     

     さっき見逃した分岐まで来れば、あとの歩きは気が楽だ。

     

     

     駐車したところまで戻った。

     

     

     ここはきれいに整備された「十六島風車公園」というらしく、展望台もある。風車というのは風力発電機のことであった。

     

  • 珍しい2重構造の掛塚灯台、“行きやすい”のはなぜ?

     

    ナギヒコさんから寄稿していただいた記事です

     

    到達:2023年3月
    難易度:■□□□(入門)

     険しい岬の突端や無人島など、灯台は“行きにくい”ところに建っているものが多い。そのなかで、砂浜近く、わりと“行きやすい”掛塚灯台(かけつかとうだい、静岡県磐田市)は珍しい存在だ。

     掛塚灯台はこの地図のような場所にある。伊良湖岬灯台や御前埼灯台のように、“とがった部分”に灯台があるのは納得できる。では掛塚灯台はなぜ平坦な海岸線の場所にあるのだろうか。

      

    (国土地理院)

     

     掛塚灯台のある場所は、天竜川の河口だ。江戸時代から明治時代にかけて、掛塚のあたりは天竜川上流から運ばれる木材が集積し、それを全国各地に運ぶ港としてにぎわっていた。

     ところがその南側の遠州灘は荒れることも多く、遭難も相次いでいた。そのために、元幕臣の荒井信敬氏が1880年(明治13年)に私費で木造灯台を作ったのがそもそもの始まり。そして1897年(明治30年)に国が作った近代灯台が、今も残っている掛塚灯台なのだ。

     この写真は1950年(昭和25年)の様子だ。灯台の向こう側(左前方)に砂州のようなものが見える。

     

     

     これは1970年代あたりだろうか。赤白帽を被った小学生と、シートを敷いてくつろぐ家族連れ。遠足かもしれない。大勢の人に囲まれたにぎやかな雰囲気で、灯台もなんかうれしそうだ。

     

     ※この2枚の写真は旧掛塚灯台跡にある「掛塚灯台案内」を撮影

      

     このように、砂浜という比較的珍しい場所にあるのだが、そのために生じる問題もある。海岸線の形が変わりやすいのだ。

     そして2002年(平成14年)、海岸侵食と地震への対策のため、100mぐらい天竜川河口に寄った場所(西方向)、つまり現在の場所に移設された。

     津波や高潮の被害を考慮して、台形の盛り土の上に設置されたのだが、そのあとに防潮堤が作られて、盛り土の半分が防潮堤に取り込まれたことにより、現在の姿になっている。

     

     

     なお、移設前の場所(の近く?)には、旧掛塚灯台跡として「荒井信敬翁之壽碑」が建っている。荒井信敬氏が木造灯台を作った経緯が石碑に書かれているが、漢文なので意味がぼんやりとしかわからない。

     

     

     さて、従来の「灯台クエスト」と同じように、灯台へ到達するまでの道のりを説明しよう。と言いたいのだが、このような砂浜の海岸沿いにあるので、行くのにほとんど苦労はない。浜松駅付近からだとクルマで30分ぐらい走れば到着する。

     ただ最後の堤防沿いの道は幅が狭くてちょっと走りにくい。

     

     

     対向車とすれ違うのがギリギリだし、こんな海岸になんの用事か(釣り?)、道に駐車しているクルマもある。あまり幅の広い車種ではない方がいいかもしれない。

     だれのためなのかがよくわからないが、灯台近くに数台分の駐車場があるので、そこに止める。もう灯台はすぐそこだ。迷いようがない。

     

     

     到着。白い塗装が青空に映える。

     

     

     正面(海側)の窓のデザインもいい感じ。

     

     

     前述したように、灯台の後ろ側(陸側)には防潮堤が作られている。土を固めただけなので、まだ工事途中なのか。防潮堤の天頂から灯台へ降りていくスロープも作られている。

     

     

     灯塔は、人で例えるとウエスト部分にベルトがあり、下半身がスカートのように広がったような形になっている。それは上下で素材が違い、下半分は(無筋)コンクリート造り、上半分は鉄造という、珍しい2重構造になっているからだ。この組み合わせは日本でここだけかもしれない。

     

     

     なぜこういう造りなのか。掛塚灯台ができた時代(1897年、明治30年)は、まだコンクリート技術が未熟だったからだ。

     西洋式灯台は明治中期まで基本的に石造りだったが、次第に工事が容易なコンクリートや鉄が使われ始めた。日本で最初の無筋コンクリート造りの灯台は、鞍埼灯台(宮崎県日南市、1884年=明治17年初点灯)だが、写真を見ると四角い付属舎はあるものの灯塔は非常に短い(低い)。

     掛塚灯台ではもう少し高いものを作る必要があったのだが、無筋コンクリートでは強度的に実現できなかったため、半分より上を鉄製にせざるを得なかったのではないかと推測する。

     日本初の鉄筋コンクリート造りの灯台は、だいぶあと、1912年(明治45年)初点灯の清水灯台(静岡県清水市)まで待つ必要があった。そしてその後、日本の灯台は鉄筋コンクリート造りが主流になった。

     このような構造のため、灯台の入口はかなり高いところにあり、そこまで鉄製はしごで上っていく必要がある。こんな高い入口はかなり珍しいのではないか。通常は入口の上にある銘板(記念額)がはしごの横(写真では左の黒っぽい長方形)という中途半端なところにあるのもおもしろい。

     

     

     入口より下の部分、中はどうなっているのだろうか。すべてコンクリートで埋め尽くされているとは思いにくい。ちょっと知りたいが、それについての記述はネット上には見当たらなかった。

     上半分の鉄製部分、以前の写真を見ると錆の色が確認できるが、現在はまっ白だ。数年前に「チタン箔」というものを貼ったらしい。これで、この“明治生まれ”もまだまだ現役で働けるだろう。

     

     

     最後に、掛塚灯台がきれいに見える場所をもう一つ紹介しよう。後ろを振り返って陸側を見ると、こういう景色だった。

     

     

     ちょっと小高い山が見える。緑があるところは磐田市竜洋公園だ。

     公園の中にある「竜洋富士」に登ってみると、遠くにポツンと立つ掛塚灯台が見えた。ひとりぼっちでちょっとさみしそうだ。

     

     

     公園では遠足に来た幼稚園児が遊び回っていた。遊具が整備された公園もいいが、昭和時代の写真のように、たまには灯台の周りでも遊んでもらいたいと思う。

     

  • 香住港城山灯台は歯ごたえあり、しかも優秀な“守衛”がいて容易に近づけない

     

    ナギヒコさんから寄稿していただいた記事です

     

    到達:2023年4月
    難易度:■■■□(中級)

     久しぶりに歯ごたえのある灯台に行った。香住港城山灯台(かすみこうしろやまとうだい、兵庫県香美町香住区)だ。

     難易度上級の灯台はそもそもあきらめているので、灯台クエストとしてはこのへんが「限界の難易度」かもしれない。

     香住(かすみ)港に水揚げされる紅ズワイガニは「香住ガニ」として有名らしい。日本海に面した兵庫県香美町(かみまち)にある香住港の東側に、城山という場所がある。

     次の地図画像を見るとわかるように、香住の町は河口に土砂が堆積した平地だ。そして、島だった城山あたり(赤線で囲まれた部分)が陸地とつながったのだ。“城山”という地名は、以前にあった塔の尾城(1336-1580)が由来になっている。

      

    (Googleマップ)

     

     現在、その塔の尾城の代わりに立っているのが香住港城山灯台だ。

     難易度が高い理由の一つが、登り口のわかりにくさだ。さいわい、灯台探索の先人がブログで登り口の写真を上げてくれていたので、今回は迷わずに発見できた。ありがとうございます。

     そうじゃなきゃこれが登り口だとはわからないよね?

     

     

     上の写真は、香住の町中から岬の突端に向かい、坂を上り始めて振り返ったところ。道の右側、棒が立っているところが登り口。左には保育園とこどもの広場がある。

     ここまで近づくとコンクリートの段が見えてきて、ようやく登り口だと確認できる。棒には「石仏地蔵第三番 左登ル」と書かれている。

     

     

     登りはじめはこんなところ。かなり急だし、積もった落ち葉で足が滑りそうだ。

     

     

     振り返って下を見るとこんな感じだが、写真じゃよくわからないかも。中央の白い部分が道路なんだけど。

     

     

     上りが一息ついたところで最初のトラップ。正面の平坦なところと、右の急坂、どっち?

     

     

     正面は木がじゃまをしている感じがあるので、右に行ってみる。

     お地蔵さんがあった! 正解だった。

     

     

     さて、このあとどっちに行くのか…。と、右の木の根元に2本の黒いロープがあることに気づいた。

     

     

     このロープがないと進む方向がわからないし、なによりこの段差を上るのをあきらめてしまう人もいるだろう。見た目はすごそうだが、右のロープにつかまりながらなら、なんとか上れる。灯台職員用というよりは、灯台観光用に誰かが用意してくれたんだろう。ありがたく使わせてもらおう。

     右に「城山灯台 登ル 十五分」という案内棒もあった。ちなみに、この先に灯台があるという案内は、町中を含めてここだけ(おそらく)。

     このあとは、そこそこ急な山道がずっと続く。城山の標高83mを一気に上るのはなかなかキツイ。アキレス腱がよく伸びるよ。

     

     

     崖下からは、広場で遊ぶ保育園児の声が小さく聞こえてくる。あとは落ち葉を踏みしめる音と、自分の苦しげな息の音だけ。

     右をよく見ると、3本の木に赤いリボンが結んである。この3つを結ぶ線より右に行くな(道が違う)、ということか。

     

     

     道の傾斜がなくなり、木もちょっと途絶えた場所がある。写真下部を見るとわかるように、木の全体、あるいは枝を切った形跡がある。これも誰かが整備してくれているということだ。感謝。

     

     

     再び上りになってすぐ、木がなくなって草が生い茂る場所に出た。「ここを進んでいいんだよね?」

     

     

     そして一歩踏み出せば。

     

     

     おお、見えた。実用一点張りの形なのはちょっと残念だが。

     

     

     もっと近づこうとしたところ、思わぬ伏兵がいた。丸っこくてちょっと大きめのハチっぽいヤツが、灯台の手前を飛び回っている。

     一瞬姿を消すが、また同じ場所に戻ってホバリング、これを何度も繰り返す。明らかにこっちを認識し、警戒している。

     いなくなるのを5分ぐらい待ったが変化なし。10分、20分と待ってはいられないが、ここまで来て引き返すのはもっとできない。“守衛”が姿を消した瞬間を狙って、えいっと灯台に近づく。

     

     

     ビクつきながら急いで撮ったから、あとで見たら上部が欠けちゃっていたよ。外付けのはしごで、光源のある上部に上るタイプの灯台だ。

     

     

     守衛が襲ってこないか気が気ではないので、適当に撮影して撤収。

     

     

     木のある日陰にまで戻った。攻撃されなくてよかった。

     あとは引き返すだけ。滑らないようにゆっくりと下る。「灯台はいかがでしたか? ご意見をお聞かせください」という耳があった。

     

     

     下界に下りたら、広場にいた保育園児に「あ、人間がいる!」と言われた。そんなに人間が珍しいのか、きみも人間だろ。

     

     

     振り返って、道をさらに上っていくと、岬の突端に岡見公園という景勝地がある。

     灯台のある城山では、まったく海が見えない。せっかくなので岡見公園で日本海を堪能しよう。中央に見える赤い防波堤灯台は香住港東浜北防波堤灯台。

     

     

     写真左側が今行ってきた城山だ。かなり崖が険しいし、岡見公園の周辺も急峻な崖があるので、歩き回るときは気をつけるように。

     

     

     香住港城山灯台は、少なくとも登り口まではアクセスしやすい。クルマは岡見公園の向かいにある駐車場に止められる。また、香美町町民バスでJR山陰本線香住駅から岡見公園下(保育園の下あたり)まで来ているので、鉄道とバスでも到達可能だ。

     

  • 女木島灯台までは単調な上り道だが、最後に難関が待っていた

     

    ナギヒコさんから寄稿していただいた記事です

     

    到達:2023年2月
    難易度:■■□□(初級)

     香川県高松市の沖合にあり、隣り合う女木島(めぎじま)と男木島(おぎじま)。

     男木島にある男木島灯台は、その美しさから観光スポットになっている。一方女木島の女木島灯台はあまり注目されない地味な存在だ。

    男木島灯台についてはこちらで取り上げた。

    https://soloppo.xsrv.jp/230226-ogijima/

     

     その代わり、女木島にはこういう灯台がある。

     

     

     女木島の港にある女木港鬼ヶ島防波堤灯台で、塔柱を鬼が持つ金棒に見立てるという、なかなかよく考えた意匠だ。初点は1998年10月と新しい。

     

     

     防波堤を歩けばすぐそばまで行けるが、高さがギリギリで、満潮時は波が足元まで来るようだ。

     女木島は別名「鬼ヶ島」と呼ばれている。山の中に大きな洞窟があり、ここに桃太郎伝説の鬼が住んでいた、というのが由来だ。なので、島のあちこちに“鬼ヶ島”に掛けた像や店舗などもある。

     女木港にはもう一つ防波堤灯台がある(女木港東防波堤灯台)。こちらは初点が1966年1月。

     

     

     どちらも定期船が接岸する場所から伸びる防波堤で、すぐに歩いて行ける。

     防波堤でウロウロしているうちに、定期船を下りた人はみんなどこかへ行ってしまった。そろそろ女木島灯台に向かって歩き出そう。鬼ヶ島大洞窟や海水浴場とは逆方向だ。

     

     

     右の石垣は、鬼の城をイメージしてつくったものか。観光地としての「鬼ヶ島」に、少しは気合いが入っている。

     道は一本で間違いようがない(1カ所ある分かれ道は舗装の様子で見分けられる)。ひたすらまっすぐで、傾斜がずっと同じ上り坂だ。

     

     

     それは、女木島を横から見ればだいたい見当がつく。

     

     

     舗装はされているし、急な坂ではないのだが、この単調さは、上り坂の苦しさに輪をかける。たまに海が見えるので、「もう、こんなに上ってきたか」とちょっと気持ちを奮い立たせるのがいいかも。

     

     

     港から歩いて20分ぐらい。1台のクルマとも1人の人ともすれ違わない。このちゃんとした道路はどういう役目があるんだろうか。

     生き物の気配は、ピーヒョロロと鳴きながら飛ぶトンビ(?)だけだ。

    ※2023/3/18追記
     行ったのが冬だったので気づかなかったが、この道沿いにはずっと桜の木が植わっているそうだ。灯台の先で折り返し、鬼ヶ島大洞窟の方まで続いているという。そうか、季節になるとここは“桜並木の道”になるんだな。

     

     

     灯台入口の標識にやっと到達した。りっぱな石の標識で、「いちおう観光スポットとして認識されているんだな」という感じ。しかし“岬の白灯台”だと多くの灯台が当てはまってしまうが。

     

     

     下りる道にはだいぶ人が歩いた跡がある。来るのが「1年に何人か」というレベルではなさそうだ。

     そして、割とすぐに姿が見えてきた。

     

     

     もう少し。

     

     

     だが、ここからが難関だった。次の写真は反対に下から見上げたところだが、かなりの勾配がある。しかも踏み固められているので、下りるときは滑らないよう、細心の注意が必要なのだ。雨の日やその翌日などに行くときは、かなり苦労するはずなので、気をつけてほしい。

     

     

     木がじゃまで全体像が撮れない。木の葉が茂る春から秋ではまったく姿が見えないかもしれない。

     

     

     ともかく到着した。とてもシンプルな形の女木島灯台だ。

     

     

     初点は1956年3月(2004年3月に改築)。この頃には敷地内に灯台守が住むことはなかっただろうから、退息所(宿舎)のための土地はない。

     

     

     海からはこのように見える。味気ない単純なフォルムではあるが、頼もしくも見える。

     

     

     観光の人がちらほらいる男木島灯台と違い、ここに来る人はいない。灯台自体は男木島灯台にかなわないが、女木島灯台を包む静けさも捨てがたい。

     振り返れば、穏やかな瀬戸内海と、そしてその先には高松市街のビルが見える。少しの時間、静かな風景を堪能する。

     

     

     港に戻ったら猫がいた。そういえば、男木島では猫を見かけなかった。男木島は「猫島」の認知が広まり、いろいろ面倒なことが起こったらしいが、女木島の猫はのんびりと歩いていた。

     

  • 暖かい色合いと上品なデザイン、男木島灯台の美しさはピカイチ

     

    ナギヒコさんから寄稿していただいた記事です

     

    到達:2023年2月
    難易度:■□□□(入門)

     灯台を見に行く楽しみのピークは、遠くにチラッと見えてから全体の姿を現すまでの時間だと思う。さらに「その灯台がカッコイイ」なら文句なしに盛り上がる。

     男木島灯台(おぎじまとうだい、香川県高松市)はカッコイイというよりも、美しいと言うべきだろう。日本の灯台はほとんどが白一色なので、外国の灯台のようだ。抜群の風格を持つ男木島灯台に出会うまでの行程をお伝えする。

    出発は急峻な坂道

     灯台は役割上、島に建つものも多い。“シロート”には手が出せないようなすごいロケーションの灯台もあるが、男木島灯台はそうではない。

     男木島までは、香川県高松駅近くにある高松港から定期船(フェリー)で行く。2時間に1本で1日6便。1本あとで帰ることにすれば、島に2時間20分滞在できる。

     

     

     男木島に行く途中、女木島(めぎじま)にも寄港する。両者をあわせて「雌雄島(しゆうじま)」といい、船を運航する会社は「雌雄島海運」、船は「めおん」。シマシマの派手な船体は2021年就航という新造船だ。

     高松から40分で男木島に着く。急な傾斜地に家々が建ち並んでいて、島には平地があまりなさそうだ。

     

     

     町の中心を通りながら灯台へ向かおう。鳥居をくぐって細い道を上っていく。手前にあるのは防潮堤だが、高さは50cmぐらいと低い。

     

     

     すると、いきなりこうなる。それぞれの家に積まれた石垣が、昔の人の苦労を物語っている。

     

     

     息が苦しくてたまらない。男木島は高齢者が多いようだが、毎日この坂を上り下りするのは相当の苦労だろう。それとも慣れてしまってへっちゃらなのか。

     

     

     すでに港はこんなに下の方に見える。

     

     

     やっと道の上りが一段落した。左にあるのは井戸の跡ではないか。水の確保はどの島でも大きな課題だ。1976年からは給水船、1997年からは海底送水管で、高松から水を運んでいるという(Wikipediaより)。

     

     家がまばらになるあたりで、ようやくきつい上り道も終わる。

     

     

     今回のように集落の中を通るのではなく、港から来る道もある(写真左方向)。その合流地点。灯台へは正面の道を進む。

     

     

     別の道はこんな感じなので、バイクや軽自動車なら通れる。ただし上らなければいけない高さは同じなので、どっちの道を通っても苦労は大差ないよ。

     

     

     この先に人家はなく、舗装された平坦な道がずっと続く(このときは平坦だと思っていたが実は緩い下りだったのだ、帰り道が緩やかな上りであることで気づいた)。歩きやすく、あまり“探検感”はない。

     

     

     家はないが、石垣部分は結構多い。いつごろまでか、このへんにもポツポツと家があったようだ。

     

     

     歩き始めて20分ちょっと、おお、見えてきた。

     

     

    暖かい色合いと上品な形が美しい

     そして到着!

     

     

     美しい。

     塔の上部のデザインも、派手ではないが地味すぎない上品さがある。

     

     

     灰色と黄褐色の中間のような、暖かい色合い。それぞれの石、さらに石の各部分で微妙に色合いが違うところが味わい深い。同じ高松市で産出する「庵治石(あじいし)」が使われているのだ。ほかの明治期の灯台に比べて表面がなめらかだし、そもそも白く塗装されていないのは、庵治石を使ったことが理由だ。

     庵治石については以下の別サイト記事で詳しく触れたので、そちらを参照してほしい。

     

     

     銘板には「明治28年12月10日初点」とある。ブラントンやマクリッチといった外国人技術者がイギリスに帰国してからすでに10年以上。このころは技術を受け継いだ日本人たちが意気揚々と設計/建築していたのではないか。

     灯台の向かいには、退息所(灯台守の宿舎)と思われるものが3棟残っている。これらも同じ庵治石でつくられている。昭和時代の終わりごろまで、灯台守(通常は2家族)がここで暮らしていたのだ。

     

     

     正面は現在「男木島灯台資料館」として公開されているが、“原則日曜日と祝日のみ開館”のようだ。右手前の建物は現在トイレとして使われている。これはありがたい。

     男木島灯台は、男木島の観光スポットとして必ず挙がるほどなので、この日も平日にもかかわらず、5~6人、観光と思われる人が来ていた。

     そのほかにりっぱなカメラを持った人が2人。

     男木島の北にある直島、豊島、小豆島はすぐ目の前に見える。瀬戸内海を東西に行き来する船は、ほとんどがこの細い水道を通るので、それを撮影するようだ。

     

     

     さて、あとは港に帰るだけ。せっかくなので高松に帰る前に、女木島に寄ってみよう。女木島にある灯台の話はこちらで。

     

    https://soloppo.xsrv.jp/230226-megijima/

     最後に、男木島にある残りの2つの灯台を紹介しておこう。男木港一文字防波堤灯台(「防波堤南灯台」かもしれない)。

     ちょっと見えづらいが、男木漁港1号防波堤灯台。

  • 東はどこまでも太平洋、振り返れば太東埼灯台

     

      

    ナギヒコさんから寄稿していただいた記事です

     

    到達:2022年12月
    難易度:■□□□(入門)

     道がわかりやすくて行きやすい、灯台の立つ景色が心地よい、全面タイル張りがきれい、いいことずくめの太東埼灯台(たいとうさきとうだい、千葉県いすみ市)にでかけた。

     国道から曲がったあと、案内板はあるが、実は最短距離ではない。まあ、たいした違いはないけど。

     

      

     

     一番やっかいなのは、道の細さだ。クルマ1台分の道幅しかなく、対向車とすれ違える場所があまりない。

     

     

     着いたようだ。先に駐車場が見える。

     

     

     日向に出て反対側を見れば太東埼灯台。通ってきた道の上にできた森の切れ目が、切り通しのように見える。

     

     

     駐車場に車を止める。あっさりと着きました。

     

     

     車道とは別に、歩いて近寄れる経路がある。

      

     

     到達の苦労がない、という点ではやや拍子抜けだが、端正なたたずまいは「来てよかった」と思わせる。やっぱり灯塔は四角柱より円柱がいいよね。

     

     

     際立つ灯台の白さは、カメラが空を濃い青に補正するほどだ。

     

     

     鉄筋コンクリート造りだが、一面に貼ったタイルがきれいだ。そして、付属舎も全部がタイル貼り。この突き抜けた統一感がさわやかさを生んでいる。(ほぼ)全部タイル貼りというのは珍しいのではないだろうか。

     

     

     こんな高いところまできちんと貼られたタイル。そして、遠くを見つめるカラス。

     

     

     太東埼灯台の一番の魅力は、この風景だと思う。展望台となっている駐車場の東にはおだやかな太平洋が広がる。そして、振り返ると灯台が見える。

     岬の突端にあって、立ち姿が容易に見られない灯台も多いが、この灯台は岬から内陸に少し入ったところに立っているので、岬から眺めることができる。逆に、海を背景にした姿は見られないのだが。

     

     

     なだらかな平地が多い九十九里だが、その南端でちょっとした高台になっている太東埼。灯台を取り巻いて、東西南北どっちの方向にも心地よい風景が広がるいい場所だ。

     

      

     実際、平日の昼間でもわりと頻繁に駐車場までクルマが上ってくる。見たところ、その半分以上は昼の休憩を取ろうという仕事の人のようだ。気持ちはわかる。

     これだけの来訪者があることを考えると、行き帰りとも対向車に出会わなかったのは結構ラッキーだったのかもしれない。

  • 大須埼灯台への恋路、地図に載せずにわざと隠している?

     

      

    ナギヒコさんから寄稿していただいた記事です

     

    到達:2022年11月
    難易度:■□□□(入門)

     “恋する灯台”大須埼灯台への恋路を邪魔するヤツがいる。灯台へアプローチする道をわざと隠しているとしか思えない。

     “恋する灯台”というのは、日本ロマンチスト協会と日本財団のプロジェクトのことで、選定した灯台を主役にして、地域の観光資源にしていくというもの。2016~2019年で49の灯台を選定している。だが、最近は目立った活動があまりなさそうだ。

     で、そのひとつが宮城県石巻市雄勝町にある大須埼灯台(おおすさきとうだい)だ。大須埼は北上川河口の南、半島になった元雄勝町(現在は石巻市の一部)の東端にある。いかにも灯台が必要そうな場所といえる。

     

    (地図:国土地理院)

     

     半島をぐるりと回るような形の道を通って、大須を目指す。

    遠目に灯台が見えたのだが、おかしい

     そろそろかな、と思ったところで、右カーブを描く道の向こう、遠目に灯台の姿が見えた(次の地図の赤矢印)。 

    (Googleマップ)

     

     カーナビにはそもそも大須埼灯台が登録されていないので、最終アプローチには役に立たない。一方Googleマップによれば、「大須埼灯台駐車場」もあるようなので、そこへ行けばいい。そこに至る道の表記がないのがちょっと気になるが。さらに進んで(オレンジ色矢印がクルマの進行)、三差路に着いた(地図左の赤丸)。

     

     

     方角的には左なので左に進むと、両側に住宅が迫って道はぐっと狭くなり、クルマがまったくすれ違えない細い下り道になった。どこにも右折するところが見当たらないまま、ちょっと不安に思いながら走ると、漁港に出てしまった。

     おかしい。ぐるっと回り、灯台が見えた場所まで戻ってやり直し。今度は三差路を右へ。

     

     

     やっぱりおかしい。しばらくまっすぐ進んでGPSで位置を確かめると、どんどん灯台から遠ざかってしまっている。Uターンする。

     と、三差路へ戻る直前、右に入る道があることに気づいた。反対に三差路から来た場合なら左に入る道だ(上の写真で左からの道があることを示す交通標識が立っている点に注目)。

     

     

     よく見れば、道の右に案内板がある。でもねえ、運転していたからさっきは見落としちゃったよ。

     

     

    ようやく駐車場に

     ぼやいていても仕方ないので左折すれば、わりとすぐにきれいでりっぱな「大須埼灯台駐車場」に着いた。

      

     

     反対方向を見ればこんな感じ。

     

     

     “恋する灯台”に選定されたのを機会に、この道路を作ったようだ。

     以前だったら、さっき通った細い下り道のどこかを曲がって来なければならなかった。つまり、「来にくい灯台」だったのが一気に「来やすい灯台」になったわけだ。観光資源にしようというプロジェクトなんだから、そういう環境整備も必要だよね。だれが費用を負担したのかはわからないが。

     それにしても、このアプローチ道路はなぜGoogleマップに載っていないのか。国土地理院の地図にも記載がない。

     ストリートビューで確認すると、2015年には道がなくて、2021年にはあるのだが、なぜまだ地図に反映されていないのだろうか。“恋する灯台”に行かせないようにするだれかの意志が働いているとしか思えない。

     ちなみに、Googleマップの航空写真ではちゃんと新しい道が写っている。不思議だ。

     

    Googleマップ航空

     

     ともあれ、ようやく徒歩で灯台に向かうことができた。

     

     

     ホントにりっぱな歩道もできまして。

     

     

     見えた。

     

     

     植え込みもきちんと整備されている感じ。コニファーは不思議なカーブを描いている。

     

     

    「観光資源」として整備されていた

     

     到着しました、大須埼灯台。

     “恋する灯台”で「観光資源」にする、と考えると、まあこういうものが作られるのも仕方ないね。訪れたのは日曜日の昼間で、1台ずつチラホラとクルマが来る感じ。「観光地」と言えるようになったかどうかは微妙だが、道路と駐車場の整備は、多少効果があったかもしれない。

     

     

     北を向くと、岩礁をうまく利用した堤防にきっちり囲まれた大須漁港。

     

     

     南を向いたところ。灯台の最適地は、景観の最適地でもある。

     

     

    おまけ:ふと寄り道した神割崎

     大須埼灯台のあと、ふと名前に惹かれて寄ってみた神割崎(かみわりざき、宮城県石巻市と南三陸町の境界あたり)が思いのほかいいところだった。

     場所は、北上川河口の湾をはさんで大須埼と反対側。海岸への降り口の前に駐車場もトイレもある。

     

     

     波打ち際まで階段(100段もないと思う)で下りられるけど、気をつけないと波をかぶってしまう。

     

     

     ここを神さまが割った、ということか。

     

     

     右手側からも波が押し寄せる。

     

     

     場所はこぢんまりしているが、迫力はなかなか。国道398号をそれて所要時間は10分ちょっと見ればOK。名前を聞いたことがなかったところだけど、思い切って寄り道してよかった。

     

  • テンミニッツで神社参道を往復、渡波尾埼灯台と一瞬の出会い

     

      

    ナギヒコさんから寄稿していただいた記事です

     

    到達:2022年11月
    難易度:■■□□(初級)

    「10分だけ時間がとれる!」

     一瞬だけでも見ようと、クルマをとめて鳥居をくぐり、渡波尾埼灯台(わたのはおさきとうだい)に向かった。

     

     

     濤波岐埼(どうみきさき)灯台を見たあと網地島(あじしま、宮城県石巻市)から鮎川(同)に戻り、あとは石巻市街でレンタカーを返すだけとなった。

     

    網地島に渡って濤波岐埼灯台に対面した話はこちら↓

    https://soloppo.xsrv.jp/221204-lhquest-dowameki/

     

     だが、ちょっとだけ時間の余裕があるので、少しだけでも渡波尾埼灯台を見られないかと、宮城県道2号(石巻鮎川線)を左に入った。

     

    渡波尾埼灯台の位置。鮎川(牡鹿半島)から石巻市街へ向かい、折浜や小竹浜方向に左折した(右の赤丸)。逆に石巻市街から県道2号で鮎川に向かうときは、万石橋を渡った先を右折する(左の赤丸)(地図:国土地理院)

     左折後、半島的な部分(牡鹿半島のさらに一部であるせいか、ここだけの名前はないようだ)の南側の海岸線に沿った道をぐるっと走る。結構曲がりくねっているし、対向車とはすれ違えないぐらいの道幅なので、スピードが出せず、思いのほか時間がかかる。

     

    時間が許すまで行ってみる

     目印となる尾崎神社の鳥居前にクルマをとめると、どうも時間の余裕がなさそうになっていた。仕方ない。10分と時間を決め、行けるところまで行って、ダメでも引き返す、ということにした。

     

     

    鳥居をくぐったあとの尾根道(参道と言うべきか?)を走って下る。

     

     

     だいぶ岬の突端に近づいている感じがする。もう左はすぐ下が海だ。

     

     

     神社の社(やしろ)が見えてきた。

     

     

     そして、灯台の姿も社の向こう側に。

      

     

     灯台は、神社より低いところに立っているので、半分しか見えない。

     

     

     渡波尾埼灯台に到着。距離が近いので、画面を縦にしても入りきらない。

     

     

     崖下を見下ろして、ようやく灯台の立つ地面が見える。ここからまっすぐには下りていけなさそうだ。

     

     

     後日ほかの人のブログなどを読むと、この右側から下りていくことができたようだった。だが、ここでタイムオーバー。すでに5分以上が経過したので急いで戻る。

     

     

     所要10分、一瞬だけの渡波尾埼灯台との出会いだった。

     

    不思議な灯台名を推測する

      ところで、灯台へのアプローチがそのまま神社の参道になっているというのは、珍しいかもしれない。尾崎神社と渡波尾埼灯台との関係を推測してみた。

     尾崎神社は「万治2年(1659)ごろに建立したとされる」そうで、かなり歴史が古い。石巻から出港すると最初に出会う岬であり、航海の安全を海の神(大海津見神、おおわたつみのかみ)に祈るために作られた、というところだろう。もちろん、現在の社などはかなり新しくきれいだ。

     

     

     もちろん灯台が作られたのはずっとあと、1950(昭和25)年だ。神社の参道が、灯台の建設と保守のためにだいぶ役立ったに違いない。鳥居が社のそばではなく、自動車道からの入口に立っているのが、灯台建設と関係があるのか。これはちょっとわからない。

     ただ神社との一体感が灯台名にも反映されている、と推測できる。というのは…

     尾崎神社の現在の住所は「石巻市渡波(わたのは)本網」。渡波は万石橋を渡った石巻市街の方も含む、広い範囲の名称だ。尾崎神社の「尾崎」の名前がどこからついたかはわからないが、この岬(突端)部分にははっきりした地名がなさそうだ。

     多くの灯台は、「××埼」と岬部分の名前が付いているのだが、ここは「渡波尾(わたのはお)」という岬(埼)ではない(おそらく)。土地の名前である渡波と、尾崎神社の尾崎をあわせて「渡波尾崎(わたのはおざき)」とし、その後「崎」が「埼」に変わったとも考えられる。

     ちなみに「埼」は海洋に突出した陸地の突端部、「崎」は平野の中で山脚の突出したところを指す、という使い分けがある(海上保安庁のサイトによる)。このため、海上保安庁が灯台名を決めるときに、「崎」を「埼」に変えたのではないだろうか。

     

    灯台も神社も真新しい理由

     写真を見て気づいたかもしれないが、灯台も神社も結構きれいで、新しそうに見える。

     思い当たるのは東日本大震災だ。調べてみるとやはりそうだった。震災で、灯塔の途中に亀裂が入っていた。

     

    出所 東日本大震災文庫(宮城県)、提供者 第二管区海上保安本部145-20110402_石巻市渡波_施設被害_ひびが入った石巻市渡波尾埼灯台(2)

     

     塔の太さ、上部、下部とも現在と違うので、まったく新たに立て直したようだ。

     

    出所 東日本大震災文庫(宮城県)、提供者 第二管区海上保安本部144-20110402_石巻市渡波_施設被害_ひびが入った石巻市渡波尾埼灯台(1)

     

     改築は2014(平成26)年11月。

     そして神社の社(御宮)も2020年に新しくなった(「新たな御宮と絵馬奉納 渡波・尾崎神社 氏子の願いに三浦工房協力」)。灯台と違い、こちらは国が費用を出してくれるわけではない。いろいろと大変ななかでも、神社を大切にしたいと思う氏子や地元の人々の気持ちは強かった。急いでいてそういう細かいところに気づかなかったが、現場でもうちょっと味わえばよかったな。